神田明神にはこんなものまで??

前回に続き、神田明神編の第2弾です。境内をじっくり歩いて見つけた、ちょっと意外なものたちをご紹介します!
前回の記事「神田明神に初めて行きました」では、隨神門や本殿、夏越の大祓など基本的な見どころをご紹介しました。今回はその続編として、境内を歩いていて「え、こんなものが!?」と驚いた、少し意外な発見の数々をご紹介します。石にまつわる話から、令和らしいポップカルチャーとのコラボレーションまで、盛りだくさんでお届けします。
時代小説の名探偵が住んでいた!? 「銭形平次の碑」

境内の一角で目に留まったのが、この「銭形平次碑」です。銭形平次とは、作家・野村胡堂(のむらこどう)が生んだ時代小説「銭形平次捕物控」の主人公。江戸時代、御用聞き(今でいう捜査協力者のような岡っ引き)として、寛永通宝という穴あき硬貨を投げつけて悪人を捕らえる、いわば「和製シャーロック・ホームズ」とでも言うべき人気キャラクターです。

物語の設定上、平次の住まいは神田明神下の「台所町」という場所にあったとされており、それにちなんでこの碑が建てられたのだそうです。
実在の人物ではなく、あくまで小説の主人公のために記念碑が建てられているというのが、なんとも面白いところ。今でいう「聖地巡礼」の発想を、遠く昭和の時代から先取りしていたと言えるかもしれません。

すぐそばには、この碑の建立に関わった人々の名前がびっしりと刻まれた石碑もありました。碑は昭和45年(1970年)、日本作家クラブが中心となって建てたもので、碑文には文藝春秋・中央公論社・講談社・桃源社・春陽堂書店といった名だたる出版社に加え、フジテレビ・関西テレビ・東京12チャンネル(現在のテレビ東京)などのテレビ局、さらに銭形平次を映画やドラマで演じた名優・長谷川一夫や大川橋蔵、映画会社の永田雅一(大映)、大川博(東映)といった名前も刻まれていました。ひとつの小説のキャラクターのために、これだけ多くの出版・映像業界の関係者が名を連ねて記念碑を建てたという事実に、当時の銭形平次人気の凄まじさがうかがえます。
碑の台座は、平次の代名詞である「寛永通宝」をかたどってデザインされており、細部までとことん凝った造りになっているのもぜひ見ていただきたいポイントです。ちなみにこの碑のすぐ横には、平次の子分「がらっ八(八五郎)」のための小さな碑もひっそりと寄り添っています。
ガラス越しに現れた、迫力の御神馬と武者像


境内を歩いていると門の中に大きな像がくっきりと映り込んでいるのに気づきました。1枚は美しい装飾を纏った神馬(しんめ、神様の乗り物とされる馬)の像、もう1枚は斧を手にした、いかにも武将然とした人物像です。神田明神では2年に一度の「神田祭」で、氏子町会からくり出す山車や神輿にこうした勇壮な人形が飾られる伝統があり、境内や隣接施設にはその意匠にゆかりのある像や装飾がいくつも点在しています。晴れた日にガラスへ映り込む姿は、まるで別世界の武者が現れたかのような、ちょっと不思議な写真になりました。

館内の展示コーナーには、こうした山車や神輿の意匠に使われた浮世絵も紹介されていました。写真の「川中嶋大合戦之図」は、幕末の浮世絵師・歌川貞秀が天保〜弘化期(1843〜47年)に描いた、武田信玄と上杉謙信の川中島の戦いを題材にした作品です。江戸の祭礼文化と浮世絵、そして現代の展示空間が地続きになっているところに、神田明神という神社の懐の深さを感じました。
令和の神社は、こんなにポップカルチャーと近い

正直、これには一番驚かされました。展示ケースの中に並んでいたのは、なんと国民的漫画「こちら葛飾区亀有公園前派出所(こち亀)」とのコラボレーション企画の品々。平成28年(2016年)、連載40周年を記念して、作者の秋本治氏が神田明神の隨神門や境内を背景に主人公・両津勘吉たちを描き下ろした絵巻や、記念の絵馬・お守りが展示されていました。

さらに目を引いたのが、黄金に輝く虎の面——プロレス界に一世を風靡した「初代タイガーマスク」こと佐山サトル氏とのコラボレーション展示です。令和2年から3年連続で、次のような特別展を開催してきたそうです。
- 令和2年(2020年)「初代タイガーマスクの武道精神と日本文化展」
- 令和3年(2021年)「佐山武道〜初代タイガーマスクの武道精神と日本文化〜展」
- 令和4年(2022年)「佐山サトル(初代タイガーマスク)武道の創造展」
格闘技の基礎となる「修斗」や、佐山氏が創始した武道「掣圏道(せいけんどう)」、さらには「須麻比(すまひ)」という日本古来の武道精神のルーツにまで迫る、なかなか本格的な展示だったようです。
神田明神は秋葉原のすぐ近くに位置していることもあり、アニメ・ゲーム・IT業界との親和性が非常に高い神社として知られています。
人気アニメ「ラブライブ!」シリーズでは、境内の「男坂」と呼ばれる石段や神社そのものが物語の重要な舞台として登場し、シリーズ屈指の「聖地」としてファンの間で有名になりました。また、個人情報の漏えいやサイバー攻撃といった現代ならではの悩みに応えるため、パソコンやシステムの安全を祈願する「IT情報安全守護」というお守りまで授与しており、IT・システムエンジニアの間で密かな人気を集めています。1300年近い歴史を持つ神社が、令和の時代の悩みにもきちんと向き合っている——そんな懐の深さが、幅広い世代から愛される理由なのかもしれません。
石造りの「獅子山」にも注目

最後にご紹介したいのが、境内の一角にそびえる「獅子山」です。岩を積み上げた小さな山の頂上に獅子の像が据えられ、麓には清らかな水が流れ落ちる——石材を扱う仕事をしている身として、この石組みの迫力にはつい見入ってしまいました。これは江戸時代に「関東三大獅子」のひとつとして奉納されたと伝わるもので、能の演目「石橋(しゃっきょう)」に由来する意匠だそうです。
親獅子がわが子をわざと谷底に突き落とし、自力で這い上がってきた子だけを育てるという故事「獅子の子落とし」になぞらえ、厳しい試練を与えることこそが真の愛情である、という教えが込められているといいます。子育てや後進の育成についても、考えさせられる逸話でした。
まとめ:伝統と令和が同居する神社
今回、境内をじっくり歩いてみて感じたのは、神田明神が単なる「歴史ある神社」にとどまらず、時代小説の登場人物、人気漫画、プロレス、アニメ、そしてITまで、あらゆる時代の文化を柔軟に取り込みながら生き続けているということでした。730年の創建から令和12年(2030年)に迎える創建1300年に向けて、これからも江戸・東京の総鎮守として、多くの人に親しまれ続けていくのだろうと感じます。
石屋としての想い
石材を扱う仕事に携わる者として、境内のいたるところにある石碑・石像・石組みの数々にも大変勉強になる参拝でした。銭形平次の碑ひとつをとっても、台座のデザインに込められた遊び心や、獅子山の石組みに込められた教えなど、石には言葉以上のメッセージを刻める力があるのだと、あらためて感じさせられます。皆さまも東京にお越しの際は、ぜひ神田明神へ足を運んでみてください。きっと歴史の重みと、意外な発見の両方を楽しんでいただけるはずです。

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