4月8日は「はなまつり」
4月8日は「花まつり」といわれ、お釈迦様の誕生日です。
「降誕会」や「灌仏会」なんていわれたりもしています。
お釈迦様の生まれた場所
お釈迦様の生まれたのはルンビニーといわれており、現在のネパールで生まれたといわれています。
お母さんである摩耶夫人が、お釈迦様の出産のために実家に帰る途中にあったルンビニー花園に立ち寄り、花を摘む際にお釈迦様が生まれたともいわれています。この花園で生まれたことから、子供の姿のお釈迦様の周りを花で飾って供養したことから「花まつり」といわれるようになったともいわれています。(諸説あり)
ちなみに岩波仏教辞典によると、「花まつり」といわれるようになったのは明治時代より浄土宗で採用されたもののようです。
さて、花まつりというと「甘茶」が欠かせないのはご存知でしょうか?意外と知らない「甘茶」の存在。もちろんちゃんと理由があります。
お釈迦様の生まれた状況
お釈迦様の御生まれになった際の伝説があります。
それは生まれてすぐに七歩歩き「天上天下唯我独尊」と語ったといわれています。その時にお釈迦様が生まれたことを天が喜び竜が「甘露の雨」を降らせたことから、上下に指をさしたお釈迦様の仏像(誕生仏と呼ばれています)に、甘茶をかけて供養するようになったといわれています。
さて、この生まれた状況を細かく見てみると、面白いものになります。
以下の文章はあくまで私個人の解釈が強いのでそこを加味しながら見てくださいね。
七歩歩いた?
お釈迦様が生まれて七歩歩いたというもので、なぜ七歩なのでしょう?わかりますか?縁起がいいから?ちゃんと意味があるといわれています。
七歩とは6つを超えたところですよね。では6つとは?これは六道輪廻を意味するといわれています。
天
人
地獄
餓鬼
畜生
修羅
お釈迦さまはこの6つを超えた存在であるという意味から七歩歩まれたといわれています。つまり、迷いの世界を脱して悟りの世界にたどり着く方だという意味になります。
甘露の雨
甘露の雨である甘茶ですね。なぜ甘い雨なのでしょう?ここが不思議ですね。もともと甘露の語源は「アムリタ」といわれており「不死」という意味で使われていたと考えられています。中国では元々「甘露の雨」がもとで仏教伝来時に「アムリタ」と同一視され甘露と訳したともいわれています。どちらにせよ仏教を「不死の法」であるとの翻訳になっているとも考えられます。ちなみにお釈迦様は初めて説法をするときに「耳あるものよ聞け、甘露の門は開かれた」といったといわれています。
この「不死の法」が転じて甘露の雨になり、現在では甘茶を飲むと健康になんて言われたりもしているようですね。
天上天下唯我独尊の解釈
昔は特攻服で見ましたね(これを書くと世代がわかりそうなものです)。さて翻訳というか書き下しには2通りあるといわれています。
天の上にも天の下にも我独り尊し(てんのうえにもてんのしたにも、われひとりとうとし)
天の上にも天の下にも我独りが尊し(てんのうえにもてんのしたにも、われひとりがとうとし)
上記の二つは、皆さんが良く知っている天上天下唯我独尊だと思います。本来は「お釈迦様一人が尊い」として受け取りをしている人がほとんどでしょう。
しかしお坊さんの中には、
天の上にも天の下にも我独りにして尊し(てんのうえにもてんのしたにも、われひとりにしてとうとし)
という解釈もできるという事を言われる方もたくさんいます。つまり、替えのない一人一人の命だこらこそ尊いんだという意味ですね。私はこちらの意味の方が好きです。ですから特攻服に書かれていたとしても「命を大切にしましょう!」と、読み替えもできるんじゃないでしょうか。
お墓に関係あるといわれている「仏像に甘茶をかける行為」
お墓に水をかけるのは、ここからきているともいわれています。仏様になられ、迷いの世界から解放されたご先祖様に対し、甘露の雨を注ぐ。お墓参りって素晴らしいですね。
もしこの文章を読んでお墓参りに行ってくださるなら、ご先祖様が生まれたことと、自分が生まれる縁をいただけたこととを感謝して、今の命を大切にしようと思いながらお参りしてみてください。
山田昌史
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