一口法話 夕方のお参りは大丈夫?観無量寿経が教えてくれること

「夕方にお墓参りをすると、よくないことがある」という話を耳にしたことはありますか。

私もお客様からよく聞きます。でもそのたびに、少し気になっていることがあって。今日はそのことを書かせてください。

観無量寿経の「第一観」は、夕日から始まります

浄土真宗の拠り所のひとつに『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』というお経があります。阿弥陀仏の浄土をどのように心の中に観じるかを説いた経典で、十六の観法が説かれています。

その最初の観法「日想観(にっそうかん)」は、こんな言葉から始まります。

有目の徒、皆日没を見よ。当に想念を起こして、正坐西向して、諦らかに日を観じて、心をして堅住ならしめて、専想して移らざれ。日の没らんと欲て、状、鼓を懸けたるが如くなるを見るべし。

——目のある者はみな、夕日を見よ。西に向かって正座し、静かに日を見つめ、心をしっかりと定め、ひたすら想い続けよ。吊るされた太鼓のような姿を見るべし(観無量寿経)

西に向かって座り、静かに沈みゆく夕日を見つめる。その太陽が、空に吊るされた太鼓のように見よ——それが浄土の観想の入り口だと説かれています。

太陽が沈んでいく方角は、浄土への方向でもある。だから日没という時間は、阿弥陀仏に思いを向けるのにもっとも自然な時間として、お経にかかれているのかもしれません。

盆提灯は、なぜ夕方に灯すのでしょう

もうひとつ、ふと思うことがあります。

お盆の時期、ご先祖様が帰ってくる目印として盆提灯を灯しますよね。あの提灯を灯すのは、いつですか。

日が暮れてから、ですよね。

もし夕方以降が「よくない時間」だとしたら、なぜご先祖様をお迎えする文化がその時間帯に灯りを必要とするのでしょう。提灯に灯りが必要なのは、暗くなるからです。日が暮れる時間帯に、大切な方を迎える準備をしてきた——そういう文化が日本にはずっとあります。

気持ちのある時間に、手を合わせてください

「夕方はいけない」という言い伝えは、おそらく暗い道での転倒を避けるためとか、霊園の閉園時間に合わせてとか、実際的な理由から生まれたものだと思います。それはそれで大切なことです。

ただ別の角度から見ると、朝でも夕方でも、手を合わせたいと思った気持ちが大事で、時間によって「良い・悪い」があるとは思えず、むしろ観無量寿経は、日が西に沈む時間こそを、浄土に思いを向ける時として示してくれているとも考えられます。

忙しい日々の中で、夕方しかお参りに行けないという方も、どうぞ安心してください。

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山田昌史

1級お墓ディレクター・真宗大谷派教師・建築石材アドバイザー・石材産業協会災害委員の私が書きました!

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